2008年8月2日土曜日

iPhone。

 iPhoneの発売日は7月11日。ちょうど本番中で、とても買いに行ける状態ではなかった。その日にわたしの関わっている公演を見に来た友人は終演後、オペブースにいる私に近づいてきた。なにか一言あいさつなり感想なりを伝えてくれるのかと思いきや、何も言わずにおもむろにカバンからハンドタオルにくるまれたiPhoneを取り出したのだった。どうせiPhoneの興奮にはかなわないでしょうよ、と少しいじける。

 遅れること2週間強、4日前にわたしもようやく手にしたのだ。まったく経験したことのないインターフェースに、まるでおじいちゃんになった気分。なかなか操作方法がわからない。ホームボタンでホームに戻ることでアプリケーションを終了できるとは。起動と終了の手数の少なさと速度に、「新しいデバイス」を実感する。

 よく悪い評判を耳にするキーボードを触っていて感じたことは、「これには訓練が要る」ということ。たしかに時折反応がものすごく遅くなったり、アプリケーションが落ちることはあるが、まあ初期型のこととして大目に見る。
 以外と「QWERTY配列」が打てることにまず驚いた。見た感じではこんな小さなキーは無理だろうと思ったが、なかなかセンサーが正確なのである。それにあの十字に展開するテンキーこそ、反応が改善されれば、馴れたらかなりの速度で、ストレスなく日本語入力が可能になると思う、変換予測もあるし。
 だから、PCが空いてるのに無駄にiPhoneからメールを打ったりして訓練をするべきかとも思う。なんとしてもこの新しいデバイスを最大限に駆使して、その恩恵にあやかりたいのである。

 その恩恵が一体なんなのか、わたしにはまだ計りかねる。未知である。それでもこの新たなデバイスへのやる気は失われない。

 普段ならさすがに気恥ずかしくもなろうこのミーハーな興奮に追い討ちをかける読み物。iPhoneを触り過ぎて眼が疲れ頭痛がひどくなったので、残念な気持ちで「ディスプレイはもう無理なので、まあ本でも」と、またも適当に手に取り開いた、佐藤雅彦著「プチ哲学」の一頁。

 発売早々iPhoneに飛びついたことを、わたしは悔いてはいない。あとは訓練あるのみ。

0 件のコメント: